キレのある居酒屋

栄養たりなければ、副食でおぎなえばよい。 当時推奨されたのは麦めしの採用であり、帝国海軍では功をおさめた。
これだけの単1食品への傾倒は、赤ん坊の牛乳をのぞいて、世界にもちょっと例がないのではないか。 N尾佐助氏の『料理の起源』によれば、世界の米の炊ぎ方には、″湯立て″(湯を沸騰させてから米を入れる)、″湯取り″(多量の水で米を煮て、沸いたら火をとめてすて、ふたたび弱火の上で蒸す)、″炊干し″(いまの日本での炊ぎ方)、″3度めし″(何回も炊いて、蒸しする、あるいはそのコソピネシ’ソ)、″蒸しめし″(こわめし)などあるという。
日本には古くから、インドなどで1般におこなわれている湯取り法はなく、蒸しめしから、粥の1種として今日の炊ぎ方が定着したらしい。 3度めしや湯取り法などは、玄米を食べていた時代の方法のようにもおもわれる。
日本のモチ、シトギ、タンゴ、セイロンやビルマや台湾のシトギなど、粉食、または非粒食もある少なくとも主食としての米の食べ方は、粒食ほとんどのようだ。 小麦と米は、それぞれ粉食と粒食の雄として、東西の食文化圏をほぼ代表している。

米はおいしい。 日本人そういう知識をもっていたかどうか。
米は蛋白質含有量も高く、たくさん食べれば、蛋白質の必要量をまかなうことできる。 日本人にとって、米は食物の王であり、食物そのものとなっていった。
さらに、人扶持、万石などと、米の量を基準にして給料が支払われるのに長くはかからなかった。 江戸時代には2合5勺桝というのがあった。
がんらい日本には、西洋のような2分の1、4分の1、8分の1というふうに割っていく数え方はなく、1、2、5、10……といったふうに十進法をまもるかというふうに倍々に(子音揃っている)増していくのがふつうで(たとえば、アメリカには215セント貨がある、日本には215円貨などというものはないし過去にもなかった)、この2合5勺桝は異例だ。 1日2食時代のおとなの1食分の基準だった。
つまり、胃袋の大きさをもとにしての計器だった。 人扶持というのは、これに2杯、つまり5合を、おとな1人分として計算した米の量を基準としたものだ。
19世紀にもなりなら、千年以上も前から貨幣をもち、つかいこなしていながら、給料を食物の量に換算し、しかも人間の胃袋の平均的サイズまで考慮した給与体制をきづいていた国は、ほかにはないだろう。 米は明治の世があけるまで(たぶんあけてからも)、日本の貨幣、というより、現在の金の役目をはたしていたのだ。
米は良質の蛋白質をわりに多くふくみ、この点で小麦よりたいへんすぐれている。 このことが米食偏重の日本の食生活をゆるしてきたわけで、もし米の蛋白質が小麦程度のものだったとしたら、日本人の食生活はずいぶんとちったものになっていたことだろう。
蛋白の不足分を魚なり、肉なりにならなかったはずで、ひょっとしたら肉食の道をあゆんでいたかもしれない。 「肉食禁止令」が出された飛鳥時代は、日本人の食生活にとってこの意味では重要な時代だったということできる。
この時代にはすでに、給料や報酬に「稲束」というふうに、未脱穀の米が支払われていた。 「米さえ食っていれば」という考え方も、基本通貨としての米も、じつはこの時代に始まっていた。
米は基本通貨ではあっても、日本人の″基本食″となったのはずいぶん新しく、太平洋戦争後だといわれる。 それまでは米をつくりなら、食べることはまれで、麦や稗や芋を食べていた人も多かった。

支配階級にとって、農民は雑穀や芋を食べて、米をつくる機械にすぎなかつた。 江戸時代に数回あった大飢饉で餓死したのは、ほとんど農民だった。
米食の歴史は、じつは長くて、暗い。 長いあいだ、米は庶民のあこがれでさえあった。
農作技術の向上や農薬の使用によって、米の豊作だいたい、いつでも約束されるようになったころから、日本人はすこしずつ米を食べなくなってきた。 めしの炊き方もかんたんになった。
もともと乾燥した穀物粒のまま気楽に20分や3十分間加熱されて、うまい食物になるはずはない。 だから炊干し法には、炊く前に水につけ、「はじめチョロチョロ 中パ″パ」などと、秘法つたえられねばならなかった。
1掃自動炊飯器だったいや、ここで1掃されたのは、日本人のめしへの愛着だったのではないだろうか。 ためされたのは日本人の味覚だ。
電気釜のめしの味は、日本人が米食国民であることを疑わせるような種類のものだといってよい。 めし炊きそれほど麺どうくさく、主食にたいする味覚がそれほどあらっぽいのなら(昔からくふうされつくし、多様な発展をしめしているパンのいろいろとくらべていただきたい)、いっそ米屋はやめて、炊ぎあがっためしを売るめし屋をつくればよい、という説もある。

前記N尾佐助氏の所説によれば、調理法はその穀物の発展期に発散し(多様にくふうされ)、全盛期と衰退期に収斂(しぼられて減少)するという。 中尾氏はパンも米も衰退期にさしかかっていると判断しているしゃもじで2、3度かきまわしてスイ″チをいれるだけというこの調理法の″収斂″の極致は、米食の衰退の確実な進行を物語るものといえよう。
米はあまって日常商品への道をあゆみつつある。 都市近郊の農民たちは、豊作であろうと不作であろうと、いや、米をつくろうとつくるまいと、悠然と土地の値上りをまちつつ、桑をクラブにもちかえて、ゴルフにいそがしい。
米はいまようやく、日本におけるかつてのかやかましい神通力を失いつつあるようだ。 もう十年も前になるアメリカで暮らしていた頃、テレビのコマシャルを見ていてくすぐったい気持になったことあった。
米の広告で、小さなボウルにつめてつくったおにぎりが画面に2つ並び、どうしてだか知らない水着の美人がフクをもって現われて、このライスのかたまりを突いてみせる。 他社のライスはこんなにフォクが入ってもくずれないわが社は、ほれこんなにと突いてみせると、ばらばらと、それこそ子供のつくった砂のお山がくずれるように、1粒1粒になって皿にひろがる。
美女は「ね」といってにっこりし、カメラはめしの1粒を大うつしにする。 長くとった硬質長粒の″外米″である。
日本の米は世界の評価からすれば3級品だという。 1級品と2級品はどこの米か聞きもらした、いずれこの美女によってくずされたあの″砂山″1級米なのであろう。
スープの国ということで、いろいろなスープがある、中にチキソライススプというのがある。 注文してみると、チキンのコンソメの底にセソチばかり、ふやけためし粒が沈んでいる。
スープはさらりとしてロあたりよく、めし粒も、まあ外見は大和の茶粥ほどにふやけてしまってはいる、シャ″キリと形を保っていて舌ざわりも悪くない。 日本の粥の中の、形がくずれてノリのようになってしまった日本米の粒とはちがって、にコジな″穀粒″を感じさせた。
炊いためしからつくったノリのことで、洗い張りのときなどに使う。 あんなに粘り気のない米好きなアメリカではちょっと思いつかないものだろう。
アメリカではワイシャツなどのノリづけのことは澱粉という日本語の「ノリ」という言葉がもっている粘いとかどろどろした(ペスティ)とかいう意味はない。 むしろ、スタチとかスタチトとか形容詞にして「こわばった」とか「かたくるしい」の意に使っている対照的だ。

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